先日、『オデュッセイア』を観てきました。
そして、なぜか映画を観終わったあと、
「教室に来る人も、みんな
旅の途中なのかもしれない」
と思いました。
『オデュッセイア』は、
トロイア戦争を終えた
オデュッセウスが、
故郷イタカへ帰るまでの物語です。
トロイア戦争は10年。
そして、
戦争が終わってから
故郷へ帰るまでにも10年。
合わせて20年もの歳月を、
オデュッセウスは
故郷から離れて過ごすことになります。
戦争が終わったのだから、
あとは帰るだけ。
そんなふうに思ってしまうけれど、
実際には、
海を渡り、
怪物と出会い、
嵐に翻弄され、
さまざまな出来事に巻き込まれながら、
10年もの長い旅をして
ようやく故郷へ帰っていく。
観る前は、
壮大な冒険の物語なのかな、
くらいに思っていたのですが、
観終わってみると、
心に残ったのは
もっと静かなことでした。
それが、
「人を迎える」
ということでした。
映画の中には、
「ゼウスの掟」が出てきます。
旅人を迎え入れ、
食事を与え、
休ませる。
旅の途中にいる人を、
まずひとりの人として迎える。
それが、
神との約束として
大切にされていた。
今の私たちからすると、
少し不思議な習慣です。
知らない人を、
そんなふうに迎え入れるなんて。
けれど、
当時の旅を想像してみると、
その意味が少しわかります。
今のように、
スマートフォンで地図を見たり、
ホテルを予約したり、
天気予報を確認したりすることはできない。
旅先で頼れるものは、
そこにいる人だった。
だから、
旅人を迎えることは、
単なる親切ではなく、
人が生きていくための
大切な仕組みでもあったのでしょう。
人を迎えること。
それが、
神との約束になるほど
大切だった。
映画を観ながら、
私は自分の仕事のことを
思い出しました。
私は、
小さな教室をしています。
教室というと、
「何を教えるか」
が一番大事だと
思われるかもしれません。
もちろん、
レッスンの内容は大切です。
わかりやすく伝えること。
きちんと準備すること。
安全に楽しめること。
そして、
来てくださった方が
「できるようになった」
「知らなかったことを知れた」
と思えること。
どれも欠かせません。
でも、
長く教室を続けてきて思うのは、
それだけではない、
ということです。
教室に来る人は、
レッスンを受けるためだけに
来ているわけではありません。
仕事や家事を終えて、
時間をつくって来る人。
家族のことをしながら、
ようやく自分の時間を
つくって来る人。
何か新しいことを始めたくて
一歩踏み出して来る人。
植物が好きで来る人。
香りが好きで、
もっと知りたくなった人。
石けんを作ってみたくて
来る人。
その人には、
その人の暮らしがあって、
その日の気分があって、
ここへ来るまでの
時間があります。
教室に来た瞬間だけを切り取れば、
「生徒さん」という一言で
くくることができます。
でも、
その人をひとりの人として見ると、
「今日はどんな気持ちで
来てくれたんだろう」
と思う。
だから私は、
レッスンの時間だけではなく、
教室に入ってきたときから、
帰るときまでの時間を
大切にしたいと思っています。
最初にかける言葉。
座る場所。
テーブルの上のもの。
香り。
飲み物。
説明の仕方。
質問しやすい空気。
ちょっとした雑談。
そんなものも、
教室の一部です。
特別なことを
するわけではありません。
ただ、
「ここにいていい」
と思ってもらえること。
それは、
小さな教室だからこそ
できることなのかもしれません。
そして、
これは「集客」にも
つながっていると思っています。
教室を運営していると、
「どうしたら人が来てくれるだろう」
と考えます。
SNSを投稿する。
募集記事を書く。
写真を撮る。
LINEでお知らせする。
もちろん、
どれも必要です。
でも、
その先にいるのは
「人数」ではありません。
ひとりの人です。
その人が、「私も行ってみたい」
と思えること。
「ここなら大丈夫そう」
と思えること。
「この時間を
自分のために使ってみよう」
と思えること。
募集というのは、
そこまで含めて
初めて「届く」のではないかな、
と思うのです。
だから最近は、
「どうしたら人を集められるか」
よりも、
「私は、どんな人を迎えたいのか」
を考えることがあります。
どんな人なら、
この教室で心地よく過ごせるだろう。
どんな時間を届けたいだろう。
レッスンを終えたとき、
どんな気持ちで帰ってほしいだろう。
そう考えると、
教室のつくり方も
少し変わってきます。
「何を教えるか」だけではなく、
「どんな時間をつくるか」。
「何人集めるか」だけではなく、
「誰と、どんな関係を育てるか」。
小さな教室だからこそ、
一人ひとりを
ちゃんと見ることができる。
その人が持っているものを
想像することができる。
そして、
その人との時間を
一緒につくることができる。
それは、
大きなスクールとは違う
小さな教室の価値のひとつなのかもしれません。
『オデュッセイア』を観て、
まさか自分の教室のことを
こんなふうに考えるとは
思っていませんでした。
でも、「人を迎える」
ということを考えたとき、
教室も、
旅の途中にいる誰かが
少し立ち止まれる場所で
あっていいのかもしれない。
そんなことを思いました。
そして、
教室を運営するということは、
ただ知識や技術を
教えることではなく、
その人の時間を預かることでも
あるのかもしれません。
そう考えると、
今日、誰かを迎えるときの
「こんにちは」も、
少し違って聞こえてきます。
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